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レーション(というか戦場での飯)

1 :名無し三等兵 [] :2001/04/09(月) 20:43
前線での食事関係を語ってみてーん。




6 :名無し三等兵 [mail↓] :2001/04/09(月) 20:52
八甲田山では握り飯がコチコチに固まって食えなくなる
・・・やば、「誰にも言うな」って言われたんだっけ



4 :名無し三等兵 [] :2001/04/09(月) 20:49
真っ暗闇の中で喰うと味が解りません。


5 :ZⅡ [] :2001/04/09(月) 20:51
>>4
 闇鍋みたい(笑



22 :名無し三等兵 [mail] :2001/04/09(月) 22:48
>>5
MREは中を見ないで、袋のまま食べたほうがうまい。

一度チキン系のを皿に開けたら食欲90%減。まるで、はん吐のよう。


MRE 米軍野戦食 Cレーション 1個
アメリカ国防省
売り上げランキング: 72556



24 :上田信氏の本より [] :2001/04/09(月) 23:00
>>21
隣国の缶メシは麦メシ缶。おかずにキムチ缶、コチュジャン缶、塩辛缶その他。

さすがにこれだけじゃ栄養が偏るので、肉や魚もあったと思う。

今は自衛隊同様レトルトパックなのかな?

私見だが韓国のインスタント食品は本邦に比べ努力が足らんと思う。キムチは大好きだけどね。



26 :名無し三等兵 [] :2001/04/09(月) 23:03
食べたら出さないと。という訳で排泄の話も希望。

やっぱり基本的に野ぐそなんでしょうか?


27 :名無し三等兵 [] :2001/04/09(月) 23:07
>>26
対人地雷を埋設するため、藪の中に入った。

ここら辺でいいやと思い下を見ると、既に先人の埋設痕があった。


28 :名無し三等兵 [] :2001/04/09(月) 23:42
湾岸戦争に参加した米軍兵士って60万人ぐらいでしたっけ。
60万人が砂漠で飯食って、糞して…。

ひたすらトイレの手配をしていた、後方の兵士とか居たんだろうな、たぶん。



44 :名無し三等兵 [] :2001/04/13(金) 02:53

たしか、日露戦の死者のうち分け、割合が一番高かったのが脚気だったそう
ですし。

で、流石にこの損失の多さに閉口して玄米食を上申した人がおったそうなん
ですが、軍医達はメンツから反対したのは当然として、陸軍上層部は、

「天下の帝国陸軍が兵に白米以外を食べさせるのは恥である」

というものすげぇ理由で反対したらしい…


45 :hatake [mail↓] :2001/04/13(金) 03:02
飯盒以上に便利な携帯自炊道具ってないんでしょうか・・・。

>脚気
玄米と言えば、オリザニンという名前でビタミンを実は発見していたのは
日本の博士ではなかったかと記憶しています。

せっかくの発見をいかしておけば、戦死者が減っていたかもしれないのに・・・。

>兵に白米以外を食べさせるのは恥である

もの凄い理由ですが、なんだか日本的だ、そんな事言い出しそうだ、とか思って
妙に納得してしまいました。

そういえば、オーストラリア軍を陣地から追い出した時、あわてて行っちゃった
彼等が置いていたパンやチーズやソーセージやの類で
「久し振りに腹を満たした」という話を聞いた事があります。

現場は必死ですね・・・。



55 :37 [] :2001/04/13(金) 09:26
それ以前の軍艦では白米とわずかなおかずで陸さんより脚気患者が多かったらしい。

西洋の艦隊メシと比較して胚芽パンとか麦飯を導入しようとした軍医(名前忘失)を
総攻撃したのが軍医監の森。

その後研究を認められ爵位を与えられ麦飯男爵の綽名で呼ばれた医師がいた。

誰か続けてくれ~。



56 :ここは御国を何百里 [] :2001/04/13(金) 12:30
日露戦の前線で。

今日の戦がおわり満州に真っ赤な夕陽がしずんで、分隊は飯盒炊飯を始めるが水
がない。

仕方がないので水溜まりの水を汲んで飯を炊く。

みな臭い臭いと言うが我慢して食うほかなし。

朝になって水溜まりを覗くと、底には露助のク○が・・・



63 :名無し三等兵 [] :2001/04/14(土) 00:31
あれ~。缶詰。瓶詰めの起源のスレってどこ逝っちゃったっけ?

ほれ。普仏戦争が瓶詰めの起源だったとか・・・。
昔、小学館の「まんが世界の発明」で呼んだ記憶在り


64 :名無し三等兵 [] :2001/04/15(日) 00:07
>>63
もともとはナポレオンが食料品の塩漬け・砂糖漬け以外の長期保存法を開発したも
のに賞金を懸けたのが始まりだったそうですが、その時代に開発できてたかは失念。

あと、マーガリンも普通の油をバターとして使用できる方法に賞金が懸けられて…、
という開発経緯。


65 :名無し三等兵 [] :2001/04/15(日) 01:16
63>>64
ご教示ありがとうございます。そういえば前出の小学館のマンガでも、ナポレオンを
見た記憶ありました。

瓶詰めにくらべて、缶詰はブリキの溶接加工がネックになって、しばらく技術停滞
してたようですね。

>マーガリン
そういえば「西部戦線異常なし」をはじめて読んだとき、頻出する<人造バター>という
用語に頭を悩ませた経験がああります。

同義語<代用コーヒー>


66 :名無し三等兵 [mail] :2001/04/15(日) 04:10
瓶詰は、19世紀の初めにフランス人の菓子製造業者、ニコラ・アペールが発 明した。
アペールは、船員たちが長い航海の間に、新鮮な野菜や果物の摂取が不足して 壊血病に苦しん
でいるのを知っていた。

また、当時ナポレオンの軍隊が食糧不足に悩んで、塩漬け・薫製以外の食糧貯 蔵方法に懸賞を
かけていたのに応募しようと決意し、加熱調理して瓶に詰め、コ ルク栓をろうで密封しさらに煮沸
するという方法を開発した。

アペールは1809年に、みごと当選して賞金をもらった。
ただし、当時コルクはヨーロッパでは高価で、かつビンは行軍中などの際によ く破損したので、軍
隊ではあまり実用的とは言えなかった。

こうした欠点を補強すべく考えたのが、イギリスのデュラントで、彼はブリキ を使った缶詰を発明し
た。

そして鉄工所経営者、ブライアン・ドンキンは錫で内張りした鉄製の缶の生産 を開始し、1818年
までに1万2500キロの保存加工肉をイギリス海軍に納 入したと言われる。

しかしこの頃の缶詰は食品を保存することに重きを置き、驚くべきことに、そ れをどうやって開ける
かということまで配慮がされていなかった。

それで缶詰のレベルには”のみと金づちで上ぶたの縁近くを丸く切ること”と 但し書きが書いてあ
ったというわけである。

缶切りが普及するのは、ブリキが発明されて缶が開けやすくなった1860年 代まで待たねばなら
なかった。

それまでは巨大な専用の機械を使うか、のみと金 づちで缶と格闘することを強いられた
というわけである。


67 :hatake [mail↓] :2001/04/15(日) 15:34
>>63-66様。
良く分かりました。

缶詰、瓶詰めも必要にせまられてつくられたんですね・・・。

>それをどうやって開ける
かということまで配慮がされていなかった。

それで缶詰のレベルには”のみと金づちで上ぶたの縁近くを丸く切ること”と 但し書きが書いてあ
ったというわけである。

・・・そ、それはなんとも!!

そういえば、昔のコーヒー缶には穴をあける器具がついてましたっけ、小さな缶きり様のものだったように
おもいますが・・・。

>のみと金 づちで缶と格闘することを強いられた
というわけである。
小銃の弾で、バスッ!!・・・銃剣の先でブスッ!!



74 :名無し三等兵 [] :2001/04/17(火) 00:59
何年か前の某国潜水艦から工作員南に侵入事件のときつかまった奴の一人は、
民家に侵入し開口一番「飯を食わせろ」。

で住人が「なに食いたい?」と聞くと「ヒラメの刺身」(半島では最高の食いもんらしい)。

たまたまあったヒラメの刺身を食わせてる間に住人が山狩りしてた軍に電話通報。

つかまったときに件の工作員は「まさかこんな小さな家に電話があるなんて…」といったらしい。



95 :戦中派 [] :2001/05/04(金) 21:51
終戦直後闇市で売られていたコンバットレーションを父親が買ってきて
くれたことを思い出す。(年がわかっちゃうか!)

蝋引きの紙ケースを破っていくとビスケットが出て来たり、薬臭いゼリ
ー出て来たり、タバコ、マッチ、小さなティッシュと楽しかったのを覚
えている。

成人してからもこれが忘れられずにいろいろ捜しまわったけど、あの蝋
引き紙ケースのコンバットレーションは見つからなかった。

今の缶詰めタイプは面白みが無い。

商売柄陸自の缶詰めも色々貰ったけど沢庵以外は美味しくなかったな。


96 :戦中派 [] :2001/05/04(金) 21:58
予科連に行ってた叔父の家には航空機上で食べる機上食の容器があった。
陶器製で形は丁度骨壷を小さくしたような物。

気圧の変化に耐えるよう中を真空に引いて密封してあったとのこと。

誰か詳しい事を教えてください。



130 :名無し三等兵 [] :2001/06/12(火) 13:53
二次大戦中の米軍のチョコレートは「不味く作れ」と軍から注文が
あったんだと。
すぐくっちまわないように。それで色々苦心の挙句、カルシウムを混ぜる事になったそうな。

要求通り「不味く」出来上がったんだが、あまりにも不味いので、
後半から品質が改良され、味が良くなった。

で、大量に余った「不味い」チョコレートは、日本人に配られたんだとさ・・・。

ギ、ギブミーチョコレート!

まぁ、彼らも悪意はなかったんだろうけど・・・それを喜んで喰ってたんだね、
日本の子供たちは・・・(TT)


131 :名無し三等兵 [↓] :2001/06/12(火) 13:55
>>130
甘いもの自体が貴重品だったからネ



141 :名無し三等兵 [↓] :2001/06/12(火) 19:28
乾パンといえば、災害用に自治体で備蓄しているものが、海外向け援助物資として
重宝されているらしい。

アフリカの難民キャンプなんかでは、調理せずに食べられるんで喜ばれているという。
欧米からの援助物資はだいたい調理しなきゃいけないから、火や水が必要で大変なんだとか。

金平糖は子供たちの間で奪い合いだそうだ。

乾パンも侮ってはいけないね。



148 :名無し三等兵 [] :2001/06/13(水) 00:22
悪名高い缶詰、ランチョンミート(スパム)について。
アメリカ占領下の沖縄でよく食べられた。

沖縄は元もと豚肉の大量消費地で、豚肉の代わりに食べられていたのだが、
これがことのほか米の飯によく合う<アメリカ産のくせに変な缶詰。

沖縄民の舌によく馴染んだようで、本土復帰後も延々と食べられ続け、
沖縄を訪れた米軍高官に「まだこんなもの食っているのか」と言われた。

あっちの人でも好んで食うようなものでないし、ナチス空襲下のロンドンではこれしか肉がなかった。

そのためロンドン市民はスパムサンドばかり食べるはめになった。

今でも年配のイギリス人は、スパムと聞くと一様に嫌な顔をするらしい。

ちなみにうまい調理法は焼きスパムとスパムたまご。

焼きスパム3枚でどんぶり飯が食えるというくらい米の飯に良く合うらしい。
一度食ってみたいがどこで手に入るのか…。



171 :名無し三等兵 [] :2001/06/13(水) 14:55
私は軍事には疎い素人ですが、以前、地域の防災訓練の時に
自衛隊で使用しているという缶詰の糧食をもらった事があります。

よく言われるように味が濃い目である以外は美味しいと思った
のですが、自衛隊の方は任務中は三食とも缶詰などを
食べさせられるのですか?

前線や移動中はともかくとして、陣地や基地などでも
普通の食事はできないのですか?


172 :名無し三等兵 [] :2001/06/13(水) 15:05
基地は食堂があるし、作戦中でも野戦炊事車が随伴してれば暖かい飯が食える。
交戦中でなければだが。


 基地の食堂では普通においしいものがたべられます。
 私のいた所ではローテーションでカレーが出たり、麺類が出たり。

 ただメタボ防止のためご飯には麦がまじっており、
 温かい白米というものは食べられませんでした。



200 :名無し三等兵 [] :2001/06/15(金) 21:25
10年ぐらい前、ある雑誌にのっていた話し。

南方の島で食うやくわずで戦っていた日本兵、米軍が投下したコンテナを拾って
開けたところ、大きな缶が大量に入っていた。
ひらいてみると黄色い粉がつまっていた。
火薬と思い放置していた。いよいよ食料が無くなり、飢え死にするものもでてきた。

一人の兵隊が空腹のあまり黄色い粉を口にした。

驚いたことに卵の味がした。

粉は乾燥卵だったのだ。粉を水で溶き卵焼を作った。みんな泣きながら食べた。


201 :名無し三等兵 [↓] :2001/06/15(金) 21:49

日本にも乾燥卵あったってば。



230 :名無し三等兵 [] :2001/06/23(土) 04:25
「戦闘糧食の三ツ星をさがせ!(大久保義信:光人社)」を昨日買った。

2300円と結構な値段だがカラー口絵が多くて見てるだけで楽しめて買い得。

日比谷通りの書店だが平積みになっていたが数日後には3冊しか残ってないなかったから
割と売れてるのかな。

見た目では個人的にはフランス軍一押し、ウクライナ軍は質素すぎると思った。

数か国のレーションを購入できるとこがあればいいなだけどなあ。



267 :名無し三等兵 [] :2001/06/29(金) 23:28
NHKで13世紀のモンゴル軍団のメシが出てた。

馬の干し肉をお湯で戻したスープお椀一杯のみ。

ひどい、ひどすぎる。



294 :名無し三等兵 [] :2001/07/09(月) 12:51
ロシアレーションは時々ウラジオストクで横流し放出があるらしい

ただし 数年前に大規模な横流しをやった結果

新兵が大量に栄養失調で市内中の病院に担ぎ込まれ4人が餓死した

闇に葬られるはずが地元新聞の記者にすっぱ抜かれて
ルスキー島餓死事件として世界に報道されてしまった

以降は細々と横流ししているようだ。



419 :ノンスモーカー [] :2001/08/09(木) 23:54
「西部戦線異常なし」読んで一〇余年。

なんで、戦場の兵士がタバコにああまで執着するのか、わからんかった。

アービン・カシュナー(だっけ?帝国の逆襲撮った)監督の「プライベート・ソルジャー」
とかいうヒュルトゲンの森の戦闘えがいたWW2ビデオみて、やっとわかった。

タバコで、恐怖心をまぎらわすんだね。

禁煙者の新兵さんが、前線勤務で、あっという間にヘビー・スモーカーという
非常に判りやすい描写でした



844 : [] :2001/11/26(月) 04:19
昔カナダとの国境近くに住んでいた友人の家の周辺の山で、20日間にも及ぶ大火災があって、
友人の家も避難区域に指定されてすたこら逃げてると、
州兵がポテトチップスの袋くらいの大きさのアルミの袋を

「非常用食料です、1袋が1日分ですので大事に食べて下さい」
と言ってくれた。

それを開けるとポテトチップスと長方形のスティック状のビスケ
ットとパック入りの飲料水が入っていて

「お菓子じゃねえか」

と萎えたといってたな。

http://yasai.2ch.net/test/read.cgi/army/986816623/1





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[ 2011/01/28 17:08 ] 普通 | TB(0) | CM(1)

戦争で戦った人達本当にありがとうございます。
[ 2011/01/28 17:57 ] [ 編集 ]

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